都久夫須麻神社 本殿[滋賀]

国宝データ-建築

都久夫須麻神社のこと

都久夫須麻神社(つくぶすまじんじゃ)は、竹生島神社(ちくぶしまじんじゃ)ともいい、元は神仏習合で島全体が聖地とされた竹生島が、明治の神仏分離で寺(宝厳寺)と神社に分かれた。 諸説あるが、この地には行基が寺を建てる前から神社があったともいわれ、宝厳寺が建立されてからは長く神仏習合であった。 都久夫須麻神社の名称は、延喜式神名帳に記載のあった名称である。

竹生島 右手の建物が都久夫須麻神社

国宝『本殿』

明治に入って神仏分離される前までは、宝厳寺の本堂とされていた建物で、豊臣秀頼によって移築された伏見城の遺構だと伝わる。 建物の身舎部分と向拝・庇部分とは、火災によって時代の異なるものが組み合わされている。 隣接する宝厳寺の観音堂とは、重要文化財の舟廊下でつながっており、これは豊臣秀吉の御座船の遺構だと伝わる。

屋根は檜皮葺きで、正面に唐破風のある入母屋造りになっている。 桃山時代らしく、飾金具や彫刻が随所にみられる華やかな建築で、内部も漆塗や蒔絵で彩られている。 天井には、狩野永徳とその長男の光信による天井画60枚がある。

市杵島比売命(いちきしまひめのみこと)、宇賀福神(うがふくじん)、浅井比売命(あざいひめのみこと)、龍神(りゅうじん)の4柱をまつり、市杵島比売命は弁財天、浅井比売命は近江の豪族で戦国時代まで続く浅井氏の氏神ともいわれる。

この国宝を観るには

長浜港・彦根港・今津港から船が出ており、25~40分で島に渡ることができる。 荒天時には船が運休になる。

文化財指定データ

【台帳・管理ID】102-1519
【指定番号】00115
【種別】近世以前/神社
【指定名称】都久夫須麻神社本殿
【ふりがな】つくぶすまじんじゃほんでん
【員数】1棟
【時代・年】1602(身舎)、1567(向拝及び庇)
【構造・形式】桁行三間、梁間三間、一重、入母屋造、前後軒唐破風造付、
周囲庇及び正面向拝一間付、総檜皮葺
【附指定】棟札1枚
【所在地】滋賀県長浜市早崎町
【国宝指定日】1953.03.31
【説明】現在の本殿は永禄十年再建されたものに、慶長七年豊臣秀賴が伏見城の建物を寄進して組合せたものである。方三間の身舍部分が伏見城の遺構で漆塗、金蒔絵、彫刻、極彩色に鍍金金具を以って装飾し極めて豪華富麗であり且つ手法の優秀なこと桃山時代の代表的建築と云える。

出典:国指定文化財等データベース一部抜粋

鑑賞ログ

2020年2月

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