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国宝-建築|本願寺(西本願寺)阿弥陀堂[京都]

国宝DB-建築

西本願寺のこと

浄土真宗の総本山で正式名称は「本願寺」だが、元は1つの宗派だったが分裂した真宗大谷派(東本願寺)と区別しやすいため「西本願寺」と呼ばれることが多い。 元は宗祖である親鸞聖人の廟堂が発展したもので、豊臣秀吉の京都整備で現在の地に移ってきた。 

右『阿弥陀堂』と左『御影堂』はともに国宝

国宝『阿弥陀堂』

西本願寺の本尊「阿弥陀如来」をまつる堂で、同じく国宝で親鸞聖人をまつる「御影堂」よりもやや小さい。 2つの堂は、僧侶用の「喚鐘廊下」と、門徒用の「渡廊下」でつながっており、これらは阿弥陀堂の「附」として国宝に指定されている。

国宝『西本願寺 御影堂』

西本願寺がこの地に移転し、文禄元年(1592年)には阿弥陀堂・御影堂が完成するが、元和3年(1617年)に失火で焼失し、阿弥陀堂は翌年再建されるが仮御堂だったため、宝暦10年(1760年)に現在の堂に建て替えられる。 2017年8月~2022年3月までの4年8カ月をかけて内陣の修復をしており、外陣には入れるが内陣は閉鎖されシートで閉ざされている。

御影堂の北に東を正面にして建っており、正面には阿弥陀堂門がある。 幅42m、奥行45m、高さ25mで、瓦葺き入母屋造りの屋根をのせる。 軒先の見事な組物や、随所に使われる飾り金具で、壮麗な印象を受ける。

国宝『西本願寺 御影堂』

国宝の附指定

渡廊下 1棟
喚鐘廊下 1棟

国宝『阿弥陀堂』から延びる渡廊は、国宝『御影堂』の附で国宝に指定

この国宝を観るには

阿弥陀堂と御影堂は開門時間内ならいつでも参拝可能。

文化財指定データ

【台帳・管理ID】102-1823
【指定番号】00231
【種別】近世以前/寺院
【指定名称】本願寺阿弥陀堂
【ふりがな】ほんがんじあみだどう
【員数】1棟
【時代・年】宝暦10年(1760年)
【構造・形式】桁行45.2メートル、梁間42.1メートル、一重、入母屋造、背面すがる破風付葺きおろし、向拝三間、本瓦葺
【所在地】京都府京都市下京区堀川通花屋町下る門前町
【国宝指定日】2014.09.18
【説明】本願寺阿弥陀堂は,本願寺の境内中央,御影堂の北に並んで建つ。御影堂と阿弥陀堂の間は,門徒用の渡廊下と僧侶用の喚鐘廊下で接続されている。 本願寺阿弥陀堂は阿弥陀如来像を安置する堂で現在の建物は宝暦10年(1760)に建て替えられたものである。元和4年(1618)建立の旧堂に比較してはるかに大規模となった。 桁行45.2メートル,梁間42.1メートルの平面は,御影堂よりひとまわり小さいが,真宗寺院の阿弥陀堂及び本堂としては我が国最大級の規模であり,各地に数多く建てられた大規模真宗本堂の範となった。 畳敷の広い外陣や金箔や彫刻,彩色等で荘厳された内陣など,御影堂と良く似た姿を持つが,左右対称の平面,柱位置の調整や架構の工夫,禅宗様をふんだんに摂取した造形など,より発展した技法を具備している。技術と意匠において優れた独創性を示しており,真宗本堂の完成形として極めて高い価値がある。 本願寺阿弥陀堂の建立により,御影堂と阿弥陀堂の壮大な両堂を並立させる本願寺の構えが完成し,渡廊下を介して両堂を多数の門徒が参拝する信仰形態が完成した。近世を通じて厚い信仰を受け続け,50年ごとの大遠忌の度に伽藍を発展させてきた真宗寺院の様態をよく表しており,極めて深い文化史的意義を有している。

出典:国指定文化財等データベース一部抜粋
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