国宝-考古|桜ヶ丘銅鐸・銅戈[神戸市立博物館]

国宝データ-考古・歴史資料

国宝『桜ヶ丘銅鐸・銅戈』

昭和39年(1964年)に、神戸市灘区桜ヶ丘で土砂の掘削中に発見された銅鐸銅(どうたく)と銅戈(どうか)で、流水文銅鐸3個・袈裟襷文銅鐸11個・銅戈7個がまとまって発見された。 同時期に埋納されたと考えられるが、銅鐸の様式や特徴などから制作年代には開きがあり、弥生時代中期~後期の複数の様式が混在する。

銅鐸はベル型の金銅製品で、中に舌が吊られて揺すると鳴音したようで、後に大型化すると舌は無くなり、祭祀に使われたと考えられている。 全体に流水の模様が表された「流水文」や、縦横に帯が配され、区切られた区分に形象模様などが表される「袈裟襷文」が発見されている。 人物や動物が表されている2個の銅鐸は、東京国立博物館所蔵の国宝『袈裟襷文銅鐸』と共通の図柄がみられ、同じ工房で制作されたと考えられる。

銅戈は青銅製の両刃の武器で、木の棒などに斧のように平行に取り付けて使用したものだが、祭祀にも使われたと考えられる。 九州地方で多くみられる銅戈よりも刃が短い「大阪湾型」で、刃長は27cm~29cmほどと7点の大きさは揃っている。 

国宝『桜ヶ丘銅鐸・銅戈』神戸市立博物館
国宝『桜ヶ丘銅鐸・銅戈』神戸市立博物館
国宝『桜ヶ丘銅鐸・銅戈』神戸市立博物館
国宝『桜ヶ丘銅鐸・銅戈』神戸市立博物館

出土した場所

阪急神戸線の「六甲」と「御影」の中間付近から北に200mほどのところで、六甲山系の山麓の端にあたる。 現地には、発見地の石碑が建てられている。

この国宝を観るには

神戸市立博物館の2階コレクション展示室で常設展示されているので、開館時にはいつでも観ることができ、写真撮影も可能。

開館時間:10:00~18:00(入館は30分前まで)
夜間開館:毎金曜日は~19:30(入館は30分前まで)
休館日:毎月曜日(祝日の場合は開館し、翌平日が休館)
入館料:一般¥300、大学生¥150、高校生以下は無料(特別展は別料金)

神戸市立博物館

文化財指定データ

【指定番号】00034-01
【種別】考古資料
【国】日本
【時代・年】弥生時代
【ト書】両面在画象/兵庫県神戸市灘区桜ヶ丘町出土
【所在地】神戸市立博物館
【所有者】神戸市
【重文指定日】1969.06.20
【国宝指定日】1970.05.25
【説明】これらの一括遺物は昭和三十九年十二月神戸市灘区桜ケ岡町で土取り作業中に出土したものである。同一地点から銅鐸が数多く出土した例としては明治十八年八月滋賀県野洲から発見された十四口が最も著名であり、さらに近年その付近から十口出土しているのが注目される。それに次ぐものは昭和七年徳島市での七口の発見報告と、江戸時代に淡路の笥飯野から八口出土したことが江戸時代の記録にあるが、それらはいずれも散逸したものが多く、また一か所に保存されていないので、本遺跡出土のものはその意味においてもきわめて貴重な新例を加えたものである。しかも二口の袈裟襷文銅鐸に旧大橋家の銅鐸(国宝・伝香川県出土・現在国有)と同様の画象を鋳表わしていること、流水文銅鐸の一口は滋賀県新庄(大原総一郎氏蔵・重文)、鳥取県泊(東京国立博物館保管)の二か所から出土したものおよび辰馬悦蔵氏所有のもの(二口、うち一口は重文)と、一口は岸和田市神於【このの】(京都大学保管)、一口は鳥取県本庄(京都国立博物館)から出土したものといわゆる同笵であること、しかも銅戈七口を併せ出土していることなどは、この種青銅遺物の性格を知る上にもきわめて重要である。

出典:国指定文化財等データベース一部抜粋
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