住吉大社 本殿[大阪]

住吉大社 本殿[大阪]

住吉大社のこと

「すみよっさん」として親しまれる住吉大社は、住吉三神をまつる住吉神社の総本社で、古くから水や航海の神として尊崇をあつめ、摂津の国(大阪と兵庫の一部)一宮とされた。 遣隋使や遣唐使が出発する時は住吉大社へ参詣し、船内には住吉三神がまつられたという。

住吉三神は、伊弉諾尊(伊邪那岐命、いざなぎのみこと)が黄泉から戻った時に、禊で汚れを清めるため海に入った時に産まれた神。 神功皇后とも関りが深く、第四殿には神功皇后がまつられている。

源氏物語の中で、光源氏が妻子を連れて住吉参詣をし、愛妾の明石上が船で来あわせてしまう場面にもなるなど、貴族の物詣の地としても人気が高かった。 鎌倉時代以降も、天皇や公家、将軍など時の有力者の参詣が多く、20年ごとに式年遷宮が行われてきた。 近代の式年遷宮では、建て直しせずに屋根の吹き替えや、建物の塗り替えなどが行われる。

大阪 住吉大社

国宝『本殿』

第一殿から第四殿まで、文化7年(1810年)に建てられた「住吉造」の本殿で、その手前に幣殿がつく。 門を入ると、左に第三殿「表筒男命」、右に第四殿「神功皇后」、第三殿の奥に第二殿「中筒男命」、更にその奥に第一殿「底筒男命」がまつられる。

住吉造は、神社建築の中でも古い形式を伝えており、切妻屋根の妻入りで、内部は手前を外陣、奥を内陣とする。 檜皮葺の屋根には、両端で交差している「千木」と、その間に点々と置かれる「鰹木」がある。 周囲に縁を巡らせず、本殿の下半分程をすき間なく覆う「瑞垣」と、その周囲に柵のように建てられる「玉垣」も古い様式。 これらの様式は、大嘗祭で建てられる大嘗宮にも似ている。 

小林古径 住吉大社
住吉大社 国宝『本殿』第二殿を斜め後ろから
住吉大社 国宝『本殿』第三殿と第四殿を後ろから
住吉大社 国宝『本殿』の手前には参拝する幣殿がつく

この国宝を観るには

住吉大社は夜間は門が閉じられるので、開門時間内のみ参拝可能。

時間(4~9月):6:00~17:00
時間(10~3月):6:30~17:00
※外周門は1時間前に閉じられるので、摂社末社は16:00まで

文化財指定データ

【台帳・管理ID】102-2090
【棟名】第一殿
【員数】1棟

【台帳・管理ID】102-2091
【棟名】第二殿
【員数】1棟

【台帳・管理ID】102-2092
【棟名】第三殿
【員数】1棟

【台帳・管理ID】102-2093
【棟名】第四殿
【員数】1棟

【指定番号】00147
【種別】近世以前/神社
【指定名称】住吉大社本殿
【ふりがな】すみよしたいしゃほんでん
【時代・年】文化7年(1810年)
【構造・形式】住吉造、檜皮葺
【附指定】瑞垣及び門
【所在地】大阪府大阪市住吉区住吉二丁目
【国宝指定日】1953.11.14
【説明】住吉大社本殿は四棟すべて海に向かって西面し、西から第三殿、第二殿、第一殿の順に縦に並び、第三殿の南に第四殿が建つ。住吉大社本殿の式年遷宮は17世紀始めに再興され、今の本殿は文化7年(1810)の造替時のものである。 本殿は切妻造、妻入で、柱はすべて丸柱で礎石上に立ち、正面および前後二室の中間に大きな板扉を開き、他は板壁である。前後二室からなる独特の平面をもち、この形式を住吉造といい、四棟すべて同形式同規模でつくられる。 

出典:国指定文化財等データベース一部抜粋

ご朱印

住吉大社 ご朱印

鑑賞ログ

2019年8月

かわいらしい路面電車に乗って、鳥居前で降りるともう住吉大社の真ん前です。 住吉大社は初の訪問ですが、かなり人が多くて、さすが一宮です。 今はもう海は見えませんが、絵画などを見ると海が描かれているので、昔は海岸の松並木も近かったのかと想像します。

社殿はとても独特な並び方で、まず第三殿、その奥に縦並びで第二殿、第一殿と続き、第四殿はというと最初にあった第三殿の真横にあるんです。 これは遣唐使の船(4船で1グループ)のフォーメーションと同じだったという説もあるようです。

国宝の本殿は朱と白がとても美しく、その手前に建つ幣殿は素木に金金具と渋めです。 摂社末社も多くて、1つずつ参拝するととても時間がかかるので、スケジュールをたてる時はちょっと多めに時間をとることをオススメします。

路面電車の阪堺電気軌道「住吉鳥居前駅」下車すぐ

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