興福寺 北円堂[奈良]

興福寺のこと

藤原氏の氏寺として平城京遷都とともに現地に移り、その際に「興福寺」と名付けられた。 その後も藤原氏や天皇家の庇護によって繁栄するが、平家の焼討や明治期の廃仏毀釈によって荒廃した時期もある。 現在は復興が進められ、2018年には300年ぶりに中金堂が再建されるなど、伽藍の復興整備や研究がなされている。

興福寺 国宝『北円堂』

国宝『北円堂』

元の北円堂は、藤原不比等の1周忌である721年に元明上皇・元正天皇が長屋王に命じて建てられたもの。 1049年に焼失し、更に1180年には平家による焼討にあうが、1210年に再建されたものが現在まで残っている。 現存する興福寺の堂宇の中では最も古い。

興福寺 国宝『北円堂』

八角形の堂で、内部には同じ八角形の内陣があり、運慶による本尊など仏像9躯が安置されている。 南向き中央に本尊、その左右に脇侍の菩薩2躯、脇侍の後ろやや中央寄りに無著世親像、四天王は四隅の外側向きに安置されている。

興福寺 国宝『北円堂』

八角形の東西南北は扉で間は連子窓になっており、内陣はやや高く周囲は土間になっている。 三手先になった軒や、瓦葺きの屋根中央に水煙が飾られるなど、奈良時代の特色を残して建てられている。 

興福寺 国宝『北円堂』 水煙

北円堂内にある仏像

国宝『弥勒仏坐像』運慶作
国宝『無著菩薩』『世親菩薩立像』運慶作
国宝『四天王立像』(木心乾漆/奈良時代)
「法苑林菩薩像」「大妙相菩薩像」室町時代

興福寺北円堂パンフレットより

この国宝を観るには

興福寺は各堂宇ごとに拝観料が必要だが、境内は無料で24時間入城可能なので外観はいつでも無料で見学可能。 ただし、かなり遠くに柵がめぐらされている。

春(GW前後)と秋(10~11月頃)に内部公開されることが多く、その時は間近で観られ、中にある仏像(国宝7躯、他2躯)も拝観することができる。

文化財指定データ

【台帳・管理ID】102-2459
【指定番号】00059
【種別】近世以前/寺院
【指定名称】興福寺北円堂
【ふりがな】こうふくじほくえんどう
【員数】1棟
【時代・年】鎌倉前期、承元4年(1210年)
【構造・形式】八角円堂、一重、本瓦葺
【所在地】奈良市登大路町
【国宝指定日】1952.03.29
【附指定】旧内陣小壁8組、銘札1枚

出典:国指定文化財等データベース一部抜粋

鑑賞ログ 2019年5月

初めての内部拝観です。 無著・世親像は2017年の東博「運慶展」で間近で拝見していて、その時は大きくて(190cmほど!)驚いたのですが、この天井の高い空間だとそれほど大きい感じがしませんでした。 等身大(160~170とか?)くらいに見えます。 仏像は博物館だと後ろや細部まで観察できるのは良いですが、やはり在るべき場所の方が“すごみ”のようなものが増す気がします。 特別公開期間でしたがそれほど混んでおらず、いつでも拝観できる東金堂・中金堂の方が列が長かったです。 皆さん、これほどの仏像があるとご存じないのかな?もったいない。

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