無準師範墨跡「山門疏」(勧縁疏)

無準師範墨跡「山門疏」(勧縁疏)

無準師範のこと

無準師範(ぶじゅんしばん)は中国・南宋時代の禅僧で、日本からの留学僧である円爾をはじめ、日本の禅宗にも影響を及ぼした。 日本にも多くの書画がもたらされている。

国宝『山門疏(勧縁疏)』

「疏」は、下位の者から上位の者にに対して出される文書のことで、「山門疏」は、僧が入寺することを書かれたもの。 この文書は寺院の堂宇建設に関することが書かれており「勧縁疏」や「幹縁疏」になると思われる。

東福寺が所持していたが、前田利常が金500枚で買ったといわれ、現在の価値に換算すると五千万円にも上る(1両10万円で計算)

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五島美術館Webサイト 「コレクション」→「書跡」

文化財登録データ

【台帳・管理ID】201-762
【指定番号】00252-00
【指定名称】無準師範墨蹟〈山門疏/(絹本)〉
【ふりがな】ぶじゅんしばんぼくせき
【員数】1幅
【国・時代】中国・南宋時代
【所有者】五島美術館
【国宝指定日】1964.05.26
【解説】無準師範【ぶじゆんしばん】(仏鑑禅師)は南末の禅林を代表する一人で、円覚寺の無学祖元【むがくそげん】(仏光禅師)、東福寺の円爾弁円【えんにべんえん】(聖一国師)などいずれもその法流から出ており、日本の禅宗に大きな交渉をもった人である。彼の住持の径山【きんざん】が紹定六年(一二三三)再度炎上した後、これをふたたび復興し、また寺を去る四十里の地に往来の雲水を接待するために一院をたてた。時の皇帝理宗はこれに勅額を与えて「万年正続之院」と名づけ、寺領を下賜したが、右の経由を略述して朝恩を謝し、あわせて大仏宝殿など未成就の仏殿建設に大檀那の勧縁を切望したのが、この山門疏【さんもんのそ】である。絹本の大幅に雄渾な筆致をみせた師範墨蹟中の代表で、さきに国宝に指定された京都東福寺の円爾印可状や東京国立博物館の尺牘【せきとく】(板渡の墨蹟とよばれる)とならぶ貴重な遺品である。

出典:国指定文化財等データベース一部抜粋

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