国宝-古文書|東大寺文書[東大寺/奈良]

国宝データ-古文書

国宝『東大寺文書』

大仏で有名な奈良の東大寺とその子院には、創建された奈良時代から現代まで、様々な文書類が伝わっている。 その中で、奈良時代~室町時代頃の、979通の文書を巻子本にした100巻と8,516通の文書が、国宝に指定されている。 その内容は多岐にわたるが、荘園に関する文書類や、観世音寺など末寺に関する資料が多い。 明治期の廃仏毀釈などで、寺外に流出した文書類も多いが、それらは国宝の指定には含まれない。

この国宝を観るには

東大寺には、平成23年(2011年)に開館した「東大寺ミュージアム」があり、常に展示される大きな仏像や東大寺金堂鎭壇具などのほかに、1~2ヶ月ごとに特集展示が組まれ、東大寺文書が公開される機会も多い。 他館の特別展などへ貸し出される機会もある。

文化財指定データ

【台帳・管理ID】201-10428
【指定番号】00056-00
【種別】古文書
【指定名称】東大寺文書
【ふりがな】とうだいじもんじょ
【員数】100巻(979通)、8516通
【国】日本
【時代・年】平安~室町時代
【所有者】東大寺
【国宝指定日】1998.06.30
【説明】本文書は東大寺印蔵に伝来した通称百巻文書(成巻文書)と、未成巻文書からなる文書群で、奈良時代から江戸時代に至る一〇〇巻(九七九通)、八、五一六通からなる。
 周知のように東大寺は、奈良時代に勅施入などによって多くの初期庄園を有し、律令制の衰退とともにそれらの大半が廃絶した平安時代中期以後、寺封や杣の庄園化などの多様な方法を通じて寺領庄園を拡大した庄園領主として存在した。
 内容は、東大寺の歴史を反映して多岐にわたるものの、その中心をなすものは東大寺領庄園関係文書である。様式上では牒、解などの公式様文書、官宣旨、綸旨、院宣、御教書などの公家様文書、筑前国観世音寺、元興寺などの末寺関係文書、東大寺の修造、庄官補任状、出納文書、訴訟文書などの寺内文書、田畠の売券、寄進状、譲状などの経済関係の私文書など多種多様である。
 本文書の特徴的なものを以下にあげてみると、天平勝宝元年(七四九)九月廿九日大宰府牒案など一連の文書は、保延元年(一一三五)に末寺となった観世音寺が東大寺に提出した案文ではあるが、観世音寺に正文が伝わらない現在、同寺の規模や所領を示して貴重である。また貞観元年(八五九)十二月廿五日近江国依知庄検田帳は元興寺僧延保が、検田使として庄田の不正を摘発した功績を記したもので、「田刀」の初見史料として著名な文書であり、当時の請作経営のあり方を示して重要である。
 中世における東大寺領最大規模の庄園である伊賀国黒田庄に関係する文書には、私営田領主藤原実遠や在地領主の消長、寺僧による庄園経営の実態、庄民や黒田悪党の成長など、中世社会研究上の根本史料がある。とくに天喜元年(一〇五三)八月廿六日官宣旨案や同四年十二月十三日東大寺政所下文案などは庄園の成立過程を示すものとして貴重である。黒田悪党は弘安五年(一二八二)十月十日東大寺衆徒訴状案から現れ、嘉暦二年(一三二七)九月十日黒田庄悪党人縁者落書交名や同交名注進状案などは、東大寺による黒田庄支配に終焉を告げる悪党の活動を物語る史料として注目される。
 その他、東大寺の復興にかかわるものとして、寿永三年(一一八四)七月二日源頼朝御教書、文治三年(一一八七)十月九日源頼朝書状などの頼朝文書、東大寺造営料国にあてられた周防国や、瀬戸内海交通の要衝に当たる摂津国兵庫関に関するものなど貴重なものが多く残されている。成巻文書中には久安四年(一一四八)四月十五日三春是行起請文があるが、この文書は起請文言のある現存する最古の起請文であり、また牛玉宝印紙を翻して起請文料紙に用いたものの初見である文永三年(一二六六)十二月廿日東大寺衆徒等連署起請文は未成巻文書に収められている。
 このように東大寺文書は文書群としての質・量において高野山の宝簡集、東寺百合文書とともにわが国を代表する寺院文書であり、奈良・平安時代の文書の多いのが特徴である。とくに未成巻文書は未表具のままに伝来し、当時の原装の姿をとどめて古文書学上にきわめて価値が高い。

出典:国指定文化財等データベース一部抜粋
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