日根荘遺跡のこと
日根荘は、鎌倉~戦国時代にかけて、摂政関白にも昇進できる公家「九条家」の荘園だった。 現在は宮内庁所蔵の古文書類「九条家文書」をはじめ、当時の文書類や図絵が比較的多く残されており、現在の景観とも一致する部分が確認できる。 日根野~大木にある寺社や地域は、「日根荘遺跡 」として国の史跡に指定されている。
慈眼院のこと
天武天皇の勅願寺として、天武2年(673年)に創建され、奈良時代には聖武天皇の勅願寺として加増を受ける。 弘仁6年(815年)からの2年間は空海が滞在し、金堂や多宝塔などの伽藍が整備される。 幾度かの戦火に巻きこまれるが、豊臣秀頼によって再興、江戸時代には岸和田藩の岡部侯の帰依を受ける。
国宝『慈眼院 多宝塔』
戦国時代の戦火で残ったのは多宝塔と金堂のみで、いずれも鎌倉時代に建立されたもの。 高さ10mほどと、屋外に建つ塔では日本で最小だが、優美で趣があると評価が高い。 石山寺の多宝塔、高野山金剛三昧院の多宝塔とで「日本3名塔」とされる。
3間(柱の間が3つ)2層(2階建)で「多宝塔」と呼ばれる下が方形で上が円形の塔。 中には大日如来が安置され、仏壇も附として国宝に指定されている。
この国宝を観るには
多宝塔のある境内奥エリアを拝観するには予約が必要。 隣接する日根神社の境内から柵越しに眺めることができる。 正月3が日と2/3は予約不要で拝観でき、扉も開けられる。
文化財指定データ
【台帳・管理ID】102-2173
出典:国指定文化財等データベース一部抜
【指定番号】00150
【種別】近世以前/寺院
【指定名称】慈眼院多宝塔
【ふりがな】じげんいんたほうとう
【員数】1基
【時代・年】文永8年(1271年)
【構造・形式】三間多宝塔、檜皮葺
【附指定】仏壇1基
【所在地】大阪府泉佐野市日根野
【国宝指定日】1953.11.14