伴大納言絵詞[出光美術館/東京]

伴大納言絵詞[出光美術館/東京]

伴大納言と応天門の変

古代からの名門「大伴氏」の一族で、仁明天皇の信任厚く、その皇子の文徳天皇、次代の清和天皇にも仕えた「伴善男(とものよしお)」は、大納言まで昇進し「伴大納言」と呼ばれた。 

貞観8年(866年)に平安京の「応天門」が火災にあうと、伴善男は政敵だった「源信」が犯人だと主張するが、藤原良房の工作により無罪となる。 反対に善男の子「伴中庸」が犯人だとの密告があり、伴父子は伊豆へ流罪となった。 これにより藤原氏の力が強大になり、後の摂関政治につながったので、藤原氏による陰謀説などもある。

国宝『伴大納言絵詞』

この絵巻は、応天門の変から約300年ほど後に描かれた絵巻で、土佐派の絵師「常磐光長(ときわみつなが)」の作だと推測される。 光長の他の作品には、すでに原本は失われた後白河法皇の「年中行事絵巻」で、ボストン美術館蔵の「吉備大臣入唐絵巻」も光長の作だと考えられる。

「上巻」では、応天門の火事と伴善男の告訴により左大臣が捕らえられる。「中巻」は、子供の喧嘩から左大臣の無実と伴善男の放火が発覚する。「下巻」は、取り調べで家来の白状により伴善男が流罪になる、というもので、元は長い1巻だったもの。 「検非違使(けびいし)」という当時の警察のような官職の様子がわかる資料としても貴重。

1つの場面に、同じ人物が時間を経過する様子を複数描くという「異時同図法」という手法がとられている。 異時同図法は、平安後期に描かれた国宝『信貴山縁起絵巻』などにもみられ、現代のマンガの元祖ともいわれる。

若狭の八幡宮にあったものが、若狭藩主だった酒井家に入り、現在は出光美術館の所蔵となっている。

参考:冷泉為恭による「伴大納言絵詞」摸本[東京国立博物館]
参考:冷泉為恭による「伴大納言絵詞」摸本[東京国立博物館]

この国宝を観るには

本品の最新出展は、所有者である出光美術館の開館50周年記念特別展で、その前は同館の40周年記念特別展と、10年もの間公開されなかった。 あまり頻繁に出展されないようなので、機会があればぜひ観ておきたい。

文化財指定データ

【台帳・管理ID】201-5
【指定番号】00005-00
【種別】絵画
【指定名称】紙本著色伴大納言絵詞
【員数】3巻
【国】日本
【時代・年】平安時代
【所有者】出光美術館
【国宝指定日】1951.06.09

出典:国指定文化財等データベース一部抜粋

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