大日如来坐像 運慶作[円成寺/奈良]

大日如来坐像 運慶作[円成寺/奈良]

国宝『大日如来坐像』運慶作

仏師「運慶」の最初期の作品で、台座に銘があるので制作年や報酬も判明している。 安元元年(1175年)に依頼を受け、翌年安元2年(1176年)に完成している。 運慶の年齢は不明だが、完成3年前の承安3年(1173年)に長男の湛慶が生まれているので、運慶が20代の頃だと考えられている。

大日如来坐像 運慶作 円成寺パンフレットより

平安時代に主流だった「定朝様」から、鎌倉以降の新様式に移る最初期の仏像で、水晶を用いる「玉眼」やすっきりとした体躯などによく特徴が出ている。 仏師が作者銘を入れるようになることでも記念碑的仏像である。

円成寺多宝塔 大日如来は以前こちらに安置されていた

像高1m弱の寄木造りで、漆塗りの上に金箔が貼られていたが、現在は漆時にところどころ金箔が残っている。 現在は相應殿という近代的な建物で拝観できるが、以前は多宝塔内に安置されていた。 現在、多宝塔には東京藝術大学の藤曲氏による摸刻像が安置されており、制作当時のまばゆい姿を観ることができる。

円成寺多宝塔 では大日如来摸刻像を拝観できる

大日如来のこと

密教で宇宙の中心的存在とされ大変重要視される仏で、真言宗の曼荼羅などでは中央に配置される。 円成寺の大日如来像は、金剛界の大日如来だけが結ぶ「智拳印(ちけんいん)」という印を結ぶ。 一般的に「如来」の髪は、螺髪(らほつ)で表されることが多いが、大日如来は菩薩のように髻を結い宝冠をかぶっている。 体にも、如来はあまり身につけない「瓔珞(ようらく)」という飾りをまとう。

この国宝を観るには

奈良駅エリアからバスで30分ほどの山間に位置する「円成寺」で拝観することが可能。 受付奥にある「相應殿」ではガラスで囲ってあるが、胸あたりの高さまでなので、仏像はガラス越しにならず拝観できる。

円成寺「相應殿」国宝の大日如来が安置される

拝観時間に通るバスは1日5本程度なので、バス利用の際は計画が必要。
バス停は「忍辱山(にんにくせん)」が最寄りで、1つ前の「円成寺口」で降りないように注意が必要。

JR奈良駅西口バス停発(近鉄奈良や県庁前は5~8分後)
7:24 柳生(100)行
9:11 石打(94)行
11:40 柳生(100)行
12:45 石打(94)行
16:24 柳生(100)行
17:17 石打(94)行
19:12 邑地中村(102)行

忍辱山バス停発
6:24、7:24、8:51、12:05、13:35、16:07、17:45

※この情報は2019年夏の時刻表です。

ご朱印

円成寺 国宝『大日如来』ご朱印

文化財指定データ

【台帳・管理ID】201-282
【指定番号】00119-00
【種別】彫刻
【指定名称】木造大日如来坐像〈運慶作/〉
【ふりがな】もくぞうだいにちにょらいざぞう
【員数】1躯
【作者】運慶
【時代・年】1176年
【ト書】台座に安元元年十一月、同二年十月、大仏師康慶実弟子運慶等の銘がある
【所有者】円成寺
【国宝指定日】1993.06.10
【説明】本像は大正九年に旧国宝に指定され、運慶の現存する最初の遺作として既に著名な作品である。智拳印を結ぶ金剛界大日如来像で、檜材の寄木造、玉眼嵌入、漆箔仕上げになる。頭体幹部は正中矧【はぎ】、内刳【うちぐり】の上、割首【わりくび】とし、両足部横一材、両大腿部奥各一材を矧付け、両腕は肩、上膊半ば、臂、手首で各矧ぐ。髻、裳先(現状亡失)、耳にかかる鬢【びん】髪および肩上にかかる垂髪を別材製とし、また条帛は肉身部の上から数材を貼付けて彫成していることがエックス線透過写真によって判る。像内は肉を厚く残して表面を平滑に浚【さら】い、腰より上は墨塗、腰以下は黒漆塗とする。銅製装身具をつけるが、宝冠および瓔珞【ようらく】の一部が後補となる。光背の二重円相部と光脚、台座蓮肉および蓮弁の過半は造像当初のものである。
 台座蓮肉天板の内刳面に「運慶承 安元元年十一月廿四日始之/(中略)/奉渡安元貳〓〈丙/申〉十月十九日/大佛師康慶/實弟子運慶/(花押)」という墨書があり、運慶が父である康慶の指導のもとに約一一か月かけて製作したことが判る。若年の作ながら、その彫技はすでにほぼ完璧の域に達し、みずみずしい像容がみごとに表されている。鎌倉彫刻の成立において、画期的な意義をもつ作品として評価される。

出典:国指定文化財等データベース一部抜粋

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