鷹見泉石像(渡辺崋山筆)[東京国立博物館]

鷹見泉石像(渡辺崋山筆)[東京国立博物館]

鷹見泉石のこと

江戸末期の下総(現在の千葉県)古河藩家老で、大塩平八郎の乱の平定にあたった。 主君の土井家は譜代大名で、幕末期に大阪城代や老中など幕府の要職を務めたため、泉石もその補佐をする。 蘭学者との交流もあり、ロシア語や地理学なども学んでいた。

渡辺崋山のこと

三河(現在の愛知県)田原藩士の子として、寛政5年(1793年)に江戸に生まれる。 小藩の藩士で家計が苦しかったため、得意としていた画で家計を助け、やがて金子金陵や谷文晁に師事する。 儒学や蘭学も学んだ崋山は、やがて田原藩の家老になるが、幕府の政策を批判したとして田原に蟄居となり、蟄居中に自刃する。

国宝『鷹見泉石像』渡辺崋山筆

鷹見泉石が、藩主の代参として浅草の誓願寺に参拝した際、正装の素襖に折烏帽子を身に着けた様子を、崋山が写生したと伝わる。 表情は、繊細で写実的に表現されている。 泉石と崋山は蘭学を通じて知り合い、泉石の方が先輩であった。

崋山は、南画を中心に学ぶが、蘭学を学んでいたこともあり洋画の影響も受けるなど、独自の画風を持っている。 肖像画の人気が高く、本作以外にも多くの肖像画を残しているが、本作が最高傑作とされる。

文化財指定データ

【台帳・管理ID】201-3
【指定番号】00003-00
【種別】絵画
【指定名称】絹本淡彩鷹見泉石像〈渡辺崋山筆/〉
【ふりがな】けんぽんたんさいたかみせんせきぞう
【員数】1幅
【時代・年】天保8年(1837年)
【ト書】天保八年四月の年記がある
【所在地】東京国立博物館
【国宝指定日】1951.06.09

出典:国指定文化財等データベース一部抜粋

※このページの画像は「研究情報アーカイブズ」のものを使用しています。

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