当麻曼荼羅縁起[光明寺/神奈川]

当麻曼荼羅縁起[光明寺/神奈川]

国宝『当麻曼荼羅縁起』

奈良県にある当麻寺(當麻寺)は、元は金堂の弥勒仏が本尊だったが、国宝の綴れ織り『浄土曼荼羅』を信仰する人が増え、いつしか曼荼羅堂が中心となった。 その曼荼羅にまつわる縁起「中将姫伝説」を、2巻の絵巻にしたものが、鎌倉材木座の「光明寺」に伝わる。

絵巻は一般的に、長方形の紙の短辺をつなぎ合わせて1枚の長い紙を作るが、この絵巻は長辺をつなぎ合わせ、縦が50cm程の大型サイズである。 中将姫は奈良時代の人物だが、この絵巻では平安貴族風の風俗をし、吹抜屋台などやまと絵の特徴がみられる。 阿弥陀如来の来迎部分は、仏画的に描かれており、場面によって複数の要素がみられる。

延宝3年(1675年)に、松平時代からの徳川家の家臣で磐城平藩主の「内藤義概」が寄進したもの。 光明寺には、内藤義概の墓所がある。

国宝『当麻曼荼羅縁起』鎌倉国宝館チラシより
国宝『当麻曼荼羅縁起』鎌倉国宝館チラシより

中将姫伝説(当麻曼荼羅縁起)

藤原豊成の娘「中将姫」は幼いころから深く仏教に帰依するが、継母のいじめにあい家を出て隠棲生活を過ごす。 都に戻った中将姫が1,000巻の写経を成し遂げると、西空に阿弥陀如来と極楽浄土の様子を見る。

出家を志した中将姫は導かれるように當麻寺に着くが、当時の當麻寺には尼僧はおらず入山はかなわなかったが、門前の石上で祈ると数日で石に足跡が刻まれ、それを見た別当(住職)は女人禁制を解いて中将姫を迎え入れる。

尼僧になった中将姫は、蓮の茎を集めよというお告げをうけ父の力も借りて蓮の茎を集め、井戸で清めると5色に染め上がる。 若い女性が現れ蓮の糸と中将姫を堂に導き、翌朝になると若い頃に西の空に見た阿弥陀如来と浄土が曼荼羅に織り上がっていた。

この国宝を観るには

鶴岡八幡宮境内にある「鎌倉国宝館」に寄託されており、同館での特別展で公開されることがある。 年に1度程度は観ることができる。

公開履歴

2019/10/12~12/1 鎌倉国宝館「古都の祈りのかたち
2019/7/27~9/1 鎌倉国宝館「仏像入門」
2018/11/13~12/2 鎌倉国宝館「鎌倉国宝館1937‐1945」

文化財指定データ

【台帳・管理ID】201-122
【指定番号】00116-00
【種別】絵画
【指定名称】紙本著色当麻曼荼羅縁起
【員数】2巻
【時代・年】鎌倉時代
【附指定】寛政五年松平定信添書1巻
【所有者】光明寺
【国宝指定日】1955.06.22

出典:国指定文化財等データベース一部抜粋

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