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国宝-絵画|辟邪絵[奈良国立博物館]

国宝DB-絵画

国宝『辟邪絵』

現在は5幅の掛軸になっているが元は1巻の絵巻で、かつては「地獄草紙」とされていたが、地獄ではなく悪鬼をこらしめる善神を描いている。 日本でもなじみの深い毘沙門天や鍾馗なども含まれ、絵と絵の間にある詞書には、それぞれの善神の特徴が書かれている。 辟邪(へきじゃ)とは、古代中国で描かれた悪鬼を退治する空想上の生物で、その形式に近いので現在は「辟邪絵(へきじゃえ)」とされている。

後白河法皇は蓮華王院(三十三間堂)の宝蔵に、現在は東京国立博物館が所蔵する国宝『地獄草紙』などの六道絵を収めており、この辟邪絵は六道には属さないが、一連のものだと考えられている。 実業家で茶人や美術品コレクターとして名高い「益田鈍翁」が所蔵していた時期があり、地獄草紙の「益田家乙本」と呼ばれることもある。

天刑星

星を司る道教の神で、日本では陰陽道や密教に取り入れられている。 疫鬼をつかんで酢につけて食べる。

栴檀乾闥婆

妊婦に危害を与える15の鬼を退治するとされ、八部衆にも数えられる。

神虫

瞻部州南方の山の中に住んで、朝に3千、夕に3百の虎鬼を食べるとされる。

鍾馗

玄宗皇帝の守護神で、魔除けや疱瘡除けとして日本でも馴染み深い。 疫鬼をとらえて目をえぐり、体を破り捨てる。

毘沙門天

四天王の北方守護「多聞天」の別名だが、ここでは左下に描かれた法華経を学ぶ僧を守護している。 

この国宝を観るには

所蔵する奈良国立博物館で、1~2年に1度は公開されているが、作品保護のため公開日数は限られる。

公開履歴

2024年7~8月頃 石川県立美術館「奈良国立博物館」
2023/10/11~12/3 東京国立博物館「やまと絵
2022/4/9〜5/29 松濤美術館「SHIBUYAで仏教美術
2021/8/17~9/12 奈良国立博物館「奈良博三昧
2019/7/13~9/8 奈良国立博物館「いのりの世界のどうぶつえん
2017/7/15~8/6 奈良国立博物館「源信 地獄・極楽への扉」
2016/5/3~5/22 奈良国立博物館「国宝 信貴山縁起絵巻」

文化財指定データ

【台帳・管理ID】201-161
【指定番号】00152-00
【種別】絵画
【指定名称】紙本著色辟邪絵
【員数】5幅
【国】日本
【時代・年】日本
【寸法・重量】鎌倉時代
【所在地】奈良国立博物館
【国宝指定日】1985.06.06
【説明】現在は五点の掛幅となっているが、もとはこれだけで一巻をなす絵巻であり、地獄草紙の一本とされていた。しかし内容は、地獄に堕ちた罪人たちの責苦ではなく、むしろ人間を害する疫鬼や鬼神を懲らしめ追払うとして中国で信仰された辟邪神を集めたものであり、天刑星・栴檀乾闥婆・神虫・鍾馗・毘沙門天の各神が、疫鬼共を傷つけあるいは食らうという凄惨な場面が一貫して描かれる。図様はいずれも中国から伝わったと考えられるが、天刑星と神虫は本図においてのみその像が知られるなど、内容は極めて特異性に富むといえよう。辟邪神の扱い方は、像を画面一杯に表すものや、説話的構成の中に組み込むものなど、各図の間で若干の相違が認められるものの、表現は明快な配色や勁直な描線によって全体にいきいきとしており、強い隈取りや神虫の体躯の重い色調などは特異で迫力がある。
 本図は国宝の「地獄草紙」・「餓鬼草紙」・「病草紙」などと共に六道絵を構成すべく製作されたという説があり、その点については今後も研究されねばならないが、少なくともそれらと同時期、平安時代末から鎌倉時代初め頃の製作と考えられ、卓抜な表現はそれらと較べても高く評価されるものである。
 益田家伝来、中沢家旧蔵。

出典:国指定文化財等データベース一部抜粋
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