法隆寺のこと
法隆寺は、聖徳太子の父の用明天皇が、自身の病気平癒を祈願して薬師如来をまつる寺の建立を発願するが、果たすことなく崩御すると、聖徳太子が遺志を継ぎ自身が営む斑鳩宮の隣に法隆寺を建立した。 太子亡き後の天智9年(670年)には、火災により伽藍を全て焼失するが、ほどなく復興されたのが現在の「西院伽藍」で、世界最古の木造建築とし世界遺産にも登録されている。
国宝『銅造薬師如来坐像』
法隆寺金堂の内陣は3室に分かれており、薬師如来坐像は向かって中尊の右隣の東の間に安置されている。 中央には国宝『釈迦如来(止利作)』が、西の間に安置された阿弥陀如来は平安時代に盗難され、鎌倉時代に運慶の子の康勝によって後補されている。
薬師如来の光背裏に法隆寺創建についての銘が入っており、その由来によると、用明天皇が発願したのがこの薬師如来で、推古天皇15年(607年)に完成している。 高さ62cmほどの銅製の坐像で、釈迦如来と同じ懸裳座に座している。 表情は、同時期に作られた法隆寺の仏像と同じく、柔和なアルカイックスマイルをたたえている。
この国宝を観るには
法隆寺の本堂にあたる「金堂」に安置されており、拝観時間内であれば観ることができる。
寺外での公開
2021/7/13~9/5 東京国立博物館「聖徳太子と法隆寺」
2021/4/27~6/20 奈良国立博物館「聖徳太子と法隆寺」
文化財指定データ
【台帳・管理ID】201-202
出典:国指定文化財等データベース一部抜粋
【指定番号】00041-00
【種別】彫刻
【指定名称】銅造薬師如来坐像(金堂安置)
【ふりがな】どうぞうやくしにょらいざぞう
【員数】1躯
【国】日本
【時代・年】607年
【ト書】光背裏面に丁卯年仕奉の銘がある
【所有者】法隆寺
【国宝指定日】1952.03.29