行信僧都坐像[法隆寺夢殿/奈良]

国宝データ-彫刻

行信大僧都のこと

行信(ぎょうしん)は奈良時代の僧で、天平10年(738年)聖武天皇の御代に律師となり、天平19年(747年)には文書に「大僧都行信」とみえるので、その頃までに僧正に次ぐ僧侶の高位である「大僧都」を賜ったと考えられる。 聖徳太子の営んだ「斑鳩宮」は聖徳太子の亡き後に荒廃するが、法隆寺に入った行信によって現在の「東院伽藍」が復興され、夢殿などの堂宇が整備された。 行信が聖徳太子の遺品と共に法隆寺に施入した『竹厨子』が、国宝に指定されている。

国宝『行信僧都坐像』

法隆寺の東院伽藍を建立した行信の等身像で、吊り上がった目や頭の形まで写実的に表されている。 像が作られた詳しい年はわからないが、行信は天平勝宝2~4年(750~752年)頃に、亡くなったか失脚したと考えられており、没後それほど経ってない頃に作られたのではないかと考えられている。 唐招提寺の国宝『鑑真和上坐像』と共に、奈良時代の高僧像の傑作とされる。

この国宝を観るには

夢殿は拝観時間内には常時開扉されており、行信僧都座像は時間内ならいつでも拝観可能。 隣に安置される国宝『救世観音』は、春(4月中旬~5月中旬)と、秋(10月下旬~11月下旬)のみ公開される。

『行信僧都坐像』が安置される法隆寺夢殿

文化財指定データ

【台帳・管理ID】201-204
【指定番号】00043-00
【種別】彫刻
【指定名称】乾漆行信僧都坐像(所在夢殿)
【ふりがな】かんしつぎょうしんそうづざぞう
【員数】1躯
【国】日本
【時代・年】奈良時代
【所有者】法隆寺
【国宝指定日】1952.03.29

出典:国指定文化財等データベース一部抜粋
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