金剛場陀羅尼経[文化庁]

金剛場陀羅尼経[文化庁]

金剛場陀羅尼経とは

「金剛場陀羅尼経」は、インド出身の僧「闍那崛多(じゃなくった)」によって漢字に訳された密教の経典。 闍那崛多は560年頃に北周時代の長安で経典の漢訳を始め、途中の政変時は追放されながらも隋時代になると再び迎えられ600年頃に亡くなるまで経典の漢訳を続けた。

国宝『金剛場陀羅尼経』

本品は日本で写経されたもので、日本写経の経典としては最古のもの。 巻末に奥書があり、僧「宝林」によって686年(天武天皇の頃)に書かれたものだとわかる。 法隆寺の印が押されているので元は法隆寺蔵だと思われるが、個人蔵を経て現在は文化庁(国)が所有している。

麻で作った紙に書かれていて、書体は太宗皇帝時代の「三大家」にも数えられる欧陽詢(他は虞世南・褚遂良)や、その子の欧陽通に似ていると言われる。 6世紀後半に中国で漢訳された経典が、100年後には日本で写経されている事になる。

文化財指定データ

【台帳・管理ID】201-582
【指定番号】00036-00
【種別】書跡・典籍
【指定名称】金剛場陀羅尼経
【ふりがな】こんごうじょうだらにきょう
【員数】1巻
【国】日本
【時代・年】飛鳥時代
【ト書】奥書歳次丙戌年五月川内国志貴評内知識云々
【所有者】文化庁
【国宝指定日】1951.06.09

出典:国指定文化財等データベース一部抜粋

鑑賞ログ 2019年2月

東京国立博物館「顔真卿展」
日本で写された最古の写経という事と、筆跡を真似たのではないかと言われる欧陽詢が活躍した時代(7世紀前半)を考えると、日本で686年に写された時は最先端のものだったんだろうと思う。 巻末には大きく法隆寺の印が押してありました。

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