文祢麻呂墓出土品[東京国立博物館]

文祢麻呂墓出土品[東京国立博物館]

国宝『文祢麻呂墓出土品』

国宝に指定されたのは江戸時代に発見された火葬の墓で、墓誌も一緒に埋葬されていたため、墓の主や位階、707年に亡くなったことがわかった。
【墓誌】
壬申年将軍左衛士府督正四位上文祢麻
呂忌寸慶雲四年歳次丁未九月廿一日卒

瑠璃壺(ガラス壺)に火葬した遺骨が納められ、その壺を布でくるんで銅製骨壺に入れてあった。 出土したのは現在の奈良県宇陀市で、江戸時代の農民によって発見された。

文祢麻呂のこと

文祢麻呂は、渡来系の一族である西文氏(かわちのふみうじ・かわちのあやし)の一員で、壬申の乱(672年)では天武天皇方につき武功を立てた。 亡くなった時は従四位下だったが、正四位上を追贈されている。

国宝指定の内容

各1点ずつ
・銅板墓誌
・銅箱
・緑瑠璃壺
・金銅壺

文祢麻呂墓出土品「銅箱」
文祢麻呂墓出土品「緑瑠璃壺」
文祢麻呂墓出土品「金銅壺」

文化財指定データ

【台帳・管理ID】201-856
【指定番号】00023-00
【種別】考古資料
【指定名称】文祢麻呂墓出土品
【ふりがな】ふみのねまろぼしゅつどひん
【員数】一括
【国】日本
【時代・年】奈良時代
【ト書】奈良県宇陀郡内牧村大字八滝出土
【所在地】東京国立博物館
【重文指定日】1952.07.19
【国宝指定日】1952.11.2

出典:国指定文化財等データベース一部抜粋

鑑賞ログ 2019.1.2

東京国立博物館平成館にて
あまり入れ替えのない考古の展示が替わったので観に行きました。 4点が国宝に指定されている中の3点が展示されています。 平成館に展示してあると古い時代のものに見えるが、奈良時代になる直前に亡くなったよう。 国宝データベースには「奈良時代」となっていたので、埋葬までに時間がかかっているのか?

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