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国宝-絵画|両界曼荼羅図(高雄曼荼羅)[神護寺/京都]

国宝DB-絵画

神護寺のこと

平安京の造営に尽力した和気清麻呂(わけのきよまろ)によって奈良時代末期に創建された「高尾山寺」と、同じく清麻呂が河内地方に建てた「神願寺」と合併して「神護寺」となる。 唐への留学から戻った空海は、十数年ほど神護寺に住し、最澄らへ灌頂(密教の儀式)を行うなど、平安初期の仏教の中心地となる。 平安後期には一時衰退するが、鎌倉時代に文覚上人によって再興され、現在は高野山真言宗の「遺跡本山(ゆいせきほんざん)」とされる。

国宝『両界曼荼羅図』高雄曼荼羅

現存する最古の両界曼荼羅図で、制作されたのは9世紀頃だが、その由来などは分かっていない。 神護寺略記によると、天長年間(824~834年)に天皇の御願で制作が始まり、空海が唐から請来した曼荼羅を元にして描かれたのではないかと考えられている。 一時は神護寺から持ち出され、仁和寺や蓮華王院、高野山などに移されたが、神護寺の中興の祖である文覚上人によって、神護寺に戻された。

胎蔵界曼荼羅が約4.5×4.1m、金剛界曼荼羅はひと回り小さく約4.1m×3.7mで、赤みがかった紫色で、鳳凰などの模様を織り出した「綾織(斜めに線が入って見える織り方)」の生地に、金泥と銀泥だけで描かれている。 現存する曼荼羅では、最も唐の様式を残している。

この国宝を観るには

神護寺の宝物が一堂に公開される「虫払」では公開されないため、観られる機会はとても少ない。

公開履歴

2011/7/20~9/25 東京国立博物館「空海と密教美術」

文化財指定データ

【台帳・管理ID】201-106
【指定番号】00103-00
【種別】絵画
【指定名称】紫綾金銀泥絵両界曼荼羅図〈/(高雄曼荼羅)〉
【員数】2幅
【時代・年】平安時代
【所有者】神護寺
【国宝指定日】1954.03.20

出典:国指定文化財等データベース一部抜粋
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