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国宝-古文書|観心寺縁起資財帳[観心寺/大阪]

国宝DB-古文書

観心寺のこと

奈良や和歌山との県境に近い大阪府河内長野市にある寺院で、大宝元年(701年)に役行者によって開かれたと伝わる。 大同3年(808年)に、唐から帰国して数年の空海が訪れ北斗七星を勧請し、現在でも星塚めぐりができる。 空海はその後も訪れており、弟子の実恵に観心寺を託して、更にその弟子の時代にかけて伽藍が整えられた。

観心寺は、河内の豪族「楠木氏」の菩提寺で、討ち死にした楠木正成の首が届けられ、境内には首塚が残る。 南朝とゆかりが深く、後醍醐天皇の皇子で南朝2代天皇の後村上天皇は、この寺を仮御所の「行宮(あんぐう)」とし、境内には陵が作られた。

国宝『観心寺縁起資財帳』

観心寺縁起資財帳は元慶7年(883年)に作成されたもので、観心寺の創建について書かれた「縁起」と、当時の観心寺の所有する資産の目録である「資材帳」とで構成される。 この『観心寺縁起資財帳』とは別に、後亀山上皇と後小松上皇が石山寺に伝わった縁起を写した「観心寺縁起」があり、重要文化財に指定されている。

縁起によると、空海の弟子「実恵」とその弟子「真紹」によって、天長4年(827年)に建立されたとあり、貞観11年(869年)には清和天皇の勅願による定額寺となった。 資材帳には広大な観心寺領が記され、仏像・仏具・仏画なども多数だったことがわかる。 その中で、当時は講堂に安置されていたと記される「綵色如意輪菩薩像-三尺余木造」が、現在の本尊で秘仏の国宝『如意輪観音坐像』であると考えられる。

京都国立博物館「観心寺と金剛寺」チラシより

この国宝を観るには

公開される機会が非常にすくないので、展覧会などで公開される機会があれば逃さないようにしたい。

公開履歴

2022/7/30~9/11 京都国立博物館「観心寺と金剛寺」
2018/10/13~10/28 和歌山県立博物館「西行」
2011/7/20~8/21 東京国立博物館 「空海と密教美術」

文化財指定データ

【台帳・管理ID】201-825
【指定番号】00051-00
【種別】古文書
【指定名称】観心寺縁起資財帳
【ふりがな】かんしんじえんぎしざいちょう
【員数】1巻
【国】日本
【時代・年】883年
【ト書】元慶七年九年十五日勘録
【所有者】観心寺
【国宝指定日】1953.03.31

出典:国指定文化財等データベース一部抜粋
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