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国宝-考古|伯耆一宮経塚出土品[倭文神社/鳥取]

国宝DB-考古・歴史資料

経塚とは

「経塚」とは、経典その他を未来に伝えるために地中に埋めたものだが、功徳・利益のためや追善の意味合いが強くなっていった。 発見された中で最も古いのに、1007年に藤原道長が埋納した『金銅藤原道長経筒』や同じ地から発見された『大和国金峯山経塚出土品』がある。

国宝『伯耆一宮経塚出土品』

伯耆国は現在の鳥取県で米子市・倉吉市・境港市などを含むエリア。 その一宮(その地域で一番の規模・格)が「倭文神社(しとりじんじゃ)」で、1915年に神社の200m弱の場所で発見された経塚なので「伯耆一宮経塚」と呼ばれている。 1103年に「京尊」という僧によって埋納されたもの。

内容物は高さ40cm強の経筒の他、小型の2体の菩薩立像や板に線刻で仏を彫ったものに、銅銭や瑠璃玉などの宝物類も同封されていた。 経筒には「康和五年十月三日伯耆一宮辰巳岳上奉埋納在銘」と彫ってあり、倭文神社が一宮であったことがはっきりした。

国宝の内容

1)銅経筒(康和五年十月三日伯耆一宮辰巳岳上奉埋納在銘)1口
2)金銅観音菩薩立像 1躯
3)銅造千手観音菩薩立像 1躯
4)銅板線刻弥勒立像 1面
5)銅鏡 2面
6)瑠璃玉 一括
7)銅銭 2枚

伯耆一宮経塚出土品[倭文神社/鳥取] 銅経筒
左) 金銅観音菩薩立像   右) 銅造千手観音菩薩立像
左) 銅板線刻弥勒立像   右)銅鏡
左)瑠璃玉  右)銅銭

以下は写真なし
・桧扇残片 一括
・短刀刀子残闕 一括
・漆器残片 一括

文化財指定データ

【台帳・管理ID】201-845
【指定番号】00013-00
【種別】考古資料
【指定名称】伯耆一宮経塚出土品
【ふりがな】ほうきいちのみやきょうづかしゅつどひん
【員数】一括
【国】日本
【時代・年】1103年
【所在地】東京国立博物館
【所有者】倭文神社
【重文指定日】1951.06.09
【国宝指定日】1953.03.31

出典:国指定文化財等データベース一部抜

鑑賞ログ

2018年は、東京国立博物館の平成館で常時展示中。「塚」と付くとすごく古いもののようなイメージがわくけど、これは1103年に埋納されたもの。 平家が権勢を誇る少し前くらいですね。 土の成分などもあるのでしょうか、埋められていたものにしてはとてもきれいな状態で残っています。

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