長谷寺 本堂[奈良]

長谷寺のこと

道明上人が朱鳥元年(686年)に天武天皇の病気平癒を祈願し、国宝の『銅板法華説相図』を本長谷寺(五重塔付近)に安置したことに始まり、奈良時代には聖武天皇の勅願で十一面観音をまつったと伝わる。

長谷寺 本堂 奈良

平安時代には貴族の間でも「長谷詣」が流行し、藤原道長が参詣した記録が残るほか、枕草子や更級日記にも登場している。 何度も火災にあうが復興しており、現在は真言宗豊山派の総本山となっている。 花の寺としても有名で、特に牡丹は回廊の両側にも植えられGW前後は「ぼたんまつり」で賑わう。

奈良長谷寺 観音がまつられる本堂は「大悲閣」

物語や伝承にも登場し、源氏物語では「玉鬘」が観音の験で、別れた母の侍女に再会し運命が開けたり、「わらしべ長者」は長谷寺に参詣した帰りに「わらしべ」を拾ってやがて長者になるというもの。

国宝『長谷寺 本堂』

奈良 長谷寺本堂 懸造り

国宝に指定された現在の本堂は、江戸幕府の3代将軍徳川家光の寄進によって慶安3年(1650年)に造営されたもの。 本尊は天文7年(1538年)に造営された8代目で、その約50年後には豊臣秀吉の弟「豊臣秀長」によって本堂が再建されている。 徳川による慶安の再建の際には、修復ではなく再建されているが、本尊は動かさずに再建している。

奈良 長谷寺 本堂の東側

初瀬山の中腹の斜面に建てられており、清水の舞台と同じ「懸造り」で舞台がせり出している。 本尊の十一面観音は高さ10mを超える大きな像のため本堂も大型で、本尊をまつる本堂と参拝するための礼堂が相の間でつながれている。 山裾の門から本堂までは、長い回廊がかけられ「長谷型」と呼ばれる燈籠が吊られており、大晦日には燈がともされる。

奈良 長谷寺 本堂までの回廊

附指定

以下が「附(つけたり)」として指定されている。

棟札(造立慶安3年庚寅6月供養)1枚
平瓦(慶安元年5月9日)1枚
平面図及び本堂建地割 3枚
長谷寺境内伽藍諸建物惣絵図 4枚
長谷寺御造営方諸色入用銀目録(慶安3年庚寅12月21日)1冊
棟札 1枚

長谷寺へのアクセス

文化財指定データ

【台帳・管理ID】102-2644
【指定番号】00223
【種別】近世以前/寺院
【指定名称】長谷寺
【ふりがな】はせでら
【棟名】本堂
【ふりがな】ほんどう
【時代・年】慶安3年(1650年)
【構造・形式】正堂(桁行七間、梁間四間、一重、入母屋造、正面及び側面もこし付)  相の間・礼堂(懸造、桁行四間、梁間九間、一重、入母屋造、妻入、背面正堂に接続、両側面千鳥破風付、正面舞台附属)
本瓦葺
【所在地】奈良県桜井市大字初瀬
【国宝指定日】2004.12.10
【説明】長谷寺は真言宗豊山派の総本山で,西国三十三ヶ所観音霊場の第八番札所である。本堂は,慶安3年(1650)の竣工で,繋廊,鐘楼なども本堂と同時期に建設されたものが残る。 近年,本堂屋根修理に伴って行われた各種調査で,本堂完成のときの棟札,慶安元年(1648)の銘がある平瓦,さらに帳簿や図面などの資料が確認,整理された。 これらは,長谷寺の諸建築の建立年代や,建設の経緯を示す貴重な資料であり,附指定として保存を図る。

出典:国指定文化財等データベース一部抜粋

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