舟橋蒔絵硯箱 本阿弥光悦作[東京国立博物館]

舟橋蒔絵硯箱 本阿弥光悦作[東京国立博物館]

国宝『舟橋蒔絵硯箱』

後に「琳派」と呼ばれる直接の指導等を伝えない美術の流れの第一世代である「本阿弥光悦」による蒔絵の硯箱。 書画から工芸までマルチで生み出した光悦だが、漆工芸に関しては本人がどの程度携わったか不明である。

この硯箱は蓋の中心をこんもりと盛り上げてあり、黒く見える部分は鉛の板を橋に見立てている。 文字が散らされているのは「後撰和歌集」に入る源等の歌「東路の佐野の舟橋かけてのみ思い渡るを知る人ぞなき」の「舟橋」以外で、この硯箱字体を「舟橋」として、歌が完成するようになっている。

本阿弥光悦 のこと

光悦の「本阿弥家」は、刀の鑑定や研磨を生業とする家だったが、光悦は刀にはあまり関わらず、書をはじめ陶芸や漆芸などの工芸品や茶の湯などで力量を発揮した。 書では「寛永の三筆」の1人にも数えられた。 同時代で屏風や扇子などを製作する絵屋の「俵屋」を営んでいた宗達との合作も多い。

家康から金閣寺の北「鷹峰」に土地を拝領し、一族や職人などと芸術村のようなものを作った。 同地は現在でも「光悦寺」として残っている。

文化財指定データ

【台帳・管理ID】201-550
【指定番号】00250-00
【指定名称】舟橋蒔絵硯箱〈本阿弥光悦作/〉
【ふりがな】ふなばしまきえすずりばこ〈ほんあみこうえつさく〉
【員数】1合
【時代】桃山時代
【作者】本阿弥光悦
【寸法・重量】総高12cm、蓋高9.1cm、蓋縦24.3cm、蓋横23cm、身高4cm、身縦22.6cm、身横21.1cm
【品質・形状】山形に高く盛り上がった蓋を被せ造りにし、角を隅丸につくり、身の側面をふくらませてしまりがある。通行の硯箱より幅廣く、腰の低い器体をした硯箱である。装飾は、蓋、身の内外面を厚く金地に蒔き、蓋甲面より身の側面にかけて、上塗研ぎ薄肉で舟と、ゆるやかに流れる川波を描き、その上になまりの橋をかけ、切り透かした銀文字を配す。身内部には、光悦特有の構造をもち、右手に笄形に刳った刀子入れをつくり、左手に横長の銅製水滴と分厚い瓦硯をはめる。
【奥書・銘文】「思ひ 東路/わたる 乃 なき/を知さ万ゝ/人そかけて濃み」(「東路のさのゝ舟橋かけてのみ思わたるを知人ぞなき」後撰和歌集巻十)
【所在地】東京国立博物館
【重文指定日】1957.06.18
【国宝指定日】1967.06.15
【解説】中世の意匠を伝統的に受け継いだ蒔絵作品とは異なる洗練された装飾性が見られる。この硯箱では、大胆な器形に草書体の文字を散らし書きにし、書の美しさを発揮している。下絵としての蒔絵が文字と舟橋とよく調和している。こうした器形並びに意匠は大胆かつ斬新で、本阿弥光悦(一五五八-一六三七)の作品としてすぐれた芸術性をよく伝えている。

出典:国指定文化財等データベース一部抜粋

鑑賞ログ 2018.10.12

東京国立博物館「マルセル・デュシャンと日本美術展」にて
思いがけず琳派の展示がとても多かった。 デュシャンがメイン展示で「と日本美術」の部分は2~3割だが、教科書レベルの名品がたくさん出ていて楽しめた。 この硯箱もゆったりと比較的明るいケースで観られたので満足。

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