洛中洛外図屏風 狩野永徳筆[米沢市上杉博物館/山形]

洛中洛外図屏風 狩野永徳筆[米沢市上杉博物館/山形]

国宝『洛中洛外図屏風』

洛中洛外図とは戦国~江戸初期に流行し、洛中(=京都の街中)洛外(=京都の郊外)を鳥瞰的に描いたもの。 2018年現在で2点の国宝と5点の重要文化財がある。  当時の建造物や風俗が描き込まれているので、美術的観点以外の資料としての価値も高い。

この「上杉本」は、信長が上杉謙信に贈ったものといわれ、1561~1566年の間の景色を描いたものと推察される。 右隻には下京(御所・清水寺・東寺など)を中心に祇園祭も描かれ、左隻には上京(将軍邸や細川邸など)を中心に描いてあり、2,500人近い人物が登場する。

狩野永徳のこと

作者の狩野永徳は、狩野派の初代である狩野正信の孫にあたり、本作は永徳の代表作。 永徳は、信長や秀吉に重用されていたため安土城や大阪城、聚楽第の障壁画なども手掛けたが、城と共に失われている。 他に東京国立博物館蔵の『檜図屏風』が国宝に指定されている。

文化財登録データ

【台帳・管理ID】201-10332
【指定番号】00154-00
【指定名称】紙本金地著色洛中洛外図〈狩野永徳筆/六曲屏風〉
【員数】1双
【国・時代】日本・桃山時代
【作者】狩野永徳
【所在地】米沢市上杉博物館
【所有者】米沢市
【国宝指定日】1995.06.15
【解説】京都市中と郊外の諸名所を屏風画面に描きだす洛中洛外図は、広く流行したものとみられるが、桃山時代前期を遡る作例は、本図の他には三条本(重要文化財)、高橋本(重要文化財 以上、ともに国立歴史民俗博物館保管)が知られているにすぎない。なかでも本図は、金雲の上に直接なされた寺社・武家・公家の邸宅などを示す墨書が二三二か所を数え、三条本の六一か所よりはるかに多い。登場する人物も圧倒的に多く、年中行事や民衆の風俗も、数多く描かれる。他本を凌駕する豊かな内容は、いきいきとした細密描写によって表現されている。 本図を描いた画家は、両隻に捺された朱文円郭壺形「州信」印を用いた、狩野永徳(一五四三~一五九〇)であると見做される。筆者の判明する洛中洛外図作例は他にない点で貴重なばかりでなく、筆者が日本絵画史上最も著名な画家のひとりであることが特筆される。 本図に描かれた景観は、全てがある特定の時点に対応するものではないと思われるが、永禄四年(一五六一)三月に将軍足利義輝が三好義興【よしおき】邸を訪れるにあたって新造された冠木門が見出されることが指摘されている。本図全体の景観年代には諸説があるが、景観年代が本図の制作年代に必ずしも直結するとはかぎらない。他方、本図が伝来した上杉家の資料によれば、本図は、天正元年(一五七三)あるいは二年に織田信長から上杉謙信に贈られた屏風に相当すると考えられている。これを本図の制作年代の下限と考えれば、本図の制作年代は永禄四年から天正元年頃までの間に求められるであろう。さらに厳密な制作年代を知ることは、今後の課題である。

出典:国指定文化財等データベース一部抜粋

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