檜図屏風 狩野永徳[東京国立博物館]

檜図屏風 狩野永徳[東京国立博物館]

国宝『檜(桧)図屏風』

現在は屏風だが、元は天正18年(1590年)に落成した八条宮(後の桂宮)邸の襖絵として描かれたもので、作者の狩野永徳が同年に亡くなっているので最晩年の作品となる。 明治まで桂宮家に伝来し、宮家の廃絶後は御物となり、現在は東京国立博物館が所蔵している。

檜図屏風 狩野永徳[東京国立博物館]

地面や雲などの背景を金箔で表し、右端に桧の巨木が左の水辺に向かって枝を伸ばしている。 色数を抑えて力強く表現されており、躍動感のある桧がダイナミックな印象を与える。

檜図屏風 狩野永徳[東京国立博物館]右隻

金具の跡などから襖絵は4面だったと考えられ、2012~14年の修理までは8曲1隻(8面を繋いだものが1つ)の屏風で、中央部分に段差があり枝がつながらない部分があった。 修理の際に4曲1双(4面をつないだものが2つで1組)に変更され、絵の不自然な連続も解消された。

檜図屏風 狩野永徳[東京国立博物館]左隻

狩野永徳のこと

室町時代から江戸時代まで、日本画壇の中心的存在だった「狩野派」の絵師で、室町時代~安土桃山時代にかけて活躍した。 永徳の祖父は、狩野派の創始者「正信」の子の「元信」で、祖父から画の指導を受け、元信に連れられ義輝将軍にもお目通りしている。 父の松栄も絵師で、国宝に指定されている『聚光院障壁画』は永徳との合作である。

永徳は織田信長や豊臣秀吉に重用され、安土城・聚楽第・大坂城の障壁画を手掛けたが、建物の焼失や取り壊しによって残っていない。 代表作は、宮内庁三の丸尚蔵館が所蔵する「唐獅子図屏風」や国宝に指定されている『聚光院障壁画』『洛中洛外図屏風』など。

文化財指定データ

【台帳・管理ID】201-140
【指定番号】00134-00
【種別】絵画
【指定名称】紙本金地著色桧図
【員数】8曲1隻→4曲1双
【国】日本
【時代・年】桃山時代
【所在地】東京国立博物館
【国宝指定日】1957.02.19

出典:国指定文化財等データベース一部抜粋

※このページの画像は「研究情報アーカイブズ」のものを使用しています。

鑑賞ログ 2019.05 日本美術の名品展@東博

「美を紡ぐ 日本美術の名品 ―雪舟、永徳から光琳、北斎まで―」で鑑賞。 御即位記念で、宮内庁三の丸尚蔵館・東博・文化庁から出展される珍しい企画。 永徳の唐獅子図屏風も出展されていました。 パッと見は力強いけど、よく観ていると繊細な感じもしてきます。

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