洛中洛外図屏風(舟木本)岩佐勝以筆[東京国立博物館]

洛中洛外図屏風(舟木本)岩佐勝以筆[東京国立博物館]

国宝『洛中洛外図屏風(舟木本)』

室町時代から江戸時代にかけて流行した、都の中心部から郊外の景色や風俗を、空から見下したように描く「鳥瞰図」で描かれている。 滋賀県長浜で医師をしていた舟木家が所有したことから「舟木本」の名で呼ばれる。

洛中洛外図は、その時代や作者によって、右隻左隻に描き分ける街の区分や、街を見る方角が異なるが、この図では南側から見た京都の中心部を、左右隻連続して描いている。 描かれた建造物などから、元和元年(1615年)頃に制作されたと考えられている。

描かれるのは風景だけではなく、高さ約160cmほどの6曲1双(6扇で構成される屏風が2つセット)屏風には、2,500人もの人物が描かれる。 宮中での儀式や武家の行列、祭に興じる人々や商家での商いの様子など、貴人から町人、南蛮人まで、様々な人々の暮らしが描かれ、文化や風俗の資料としても貴重である。

国宝『洛中洛外図屏風(舟木本)』岩佐又兵衛筆[東京国立博物館]
国宝『洛中洛外図屏風(舟木本)』岩佐又兵衛筆[東京国立博物館]
国宝『洛中洛外図屏風(舟木本)』岩佐又兵衛筆[東京国立博物館]
国宝『洛中洛外図屏風(舟木本)』岩佐又兵衛筆[東京国立博物館]

岩佐又兵衛(勝以)のこと

岩佐勝以(通称:又兵衛)は、戦国武将で主君の信長に謀反を起こした「荒木村重(道薫)」の末子。 村重は、一族を有岡城に残して出奔し、残った一族は信長の命で滅ぼされるが、幼少の又兵衛は乳母が救い出したといわれる。

織田信雄に仕えたこともあるというが、若い頃のことはあまりわかっておらず、40歳前後で越前福井藩に招かれ、藩主の松平忠直・忠昌に仕えた。 徳川家光が将軍の時に江戸に招かれ、そのまま江戸で創作を続けた。

この国宝を観るには

2016年に国宝に指定され、それ以降は1年おきに公開されている。 東京国立博物館の所蔵品なので、数年に1度は公開されると思われる。

公開履歴

2020/10/27~11/29 東京国立博物館「桃山-天下人の100年
2018/4/13~5/27 東京国立博物館「名作誕生-つながる日本美術」
2016/4/19~5/8 東京国立博物館「平成28年 新指定 国宝・重要文化財」

文化財指定データ

【台帳・管理ID】201-11697
【指定番号】160
【種別】絵画
【指定名称】紙本金地著色洛中洛外図(岩佐勝以筆/六曲屏風)
【ふりがな】しほんきんじちゃくしょくらくちゅうらくがいず(いわさかつもちひつ/ろっきょくびょうぶ)
【員数】1双
【時代・年】17世紀
【作者】岩佐勝以
【寸法・重量】縦162.2cm、横341.8cm
【品質・形状】紙本金地著色 屏風装 各扇本紙紙継五枚
【所在地】東京国立博物館
【国宝指定日】2016.08.17
【説明】本作は,江戸時代初期に活躍し,浮世絵の祖と称される岩佐勝以(いわさかつもち)の画風を示す洛中洛外図である。六曲一双の画面に,おおむね東山から下京(しもぎよう)辺りの景観が左右隻(さゆうせき)連続して描かれており,中世から近世へ移行する過渡期の洛中洛外図として独特の構成を示す。また,人々の様子は密度の高い描写で生き生きと表現され,近世初期風俗画の到達点と評価できる。 近年,洛中洛外図や岩佐勝以に関する研究が進展し,この作品の文化史的,美術史的重要性が再確認されたため,国宝に指定する。

出典:国指定文化財等データベース一部抜粋

※このページの画像は「研究情報アーカイブズ」のものを使用しています。

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