伝源賴朝・平重盛・藤原光能像 (神護寺三像)[神護寺/京都]

伝源賴朝・平重盛・藤原光能像 (神護寺三像)[神護寺/京都]

神護寺三像とは

京都北西の山中にある「神護寺」に伝わる肖像画で、大型の肖像掛軸3幅のことで、源頼朝・平重盛・藤原光能だと伝わっている。 神護寺内に後白河法皇が建てた「仙洞院」に掛けられていた肖像画で、記録によると後白河法皇像を中心に、左右に源頼朝像と平重盛像、その下座に平業房像と藤原光能像が、法王に視線を向けるように掛けられていたという。 平業房像は失われ、後白河法皇像は模写が残っており、残る3幅はいずれも国宝に指定されている。

国宝『伝源頼朝(賴朝)像』

やまと絵の修法に南宋画の技法を混ぜて描かれたもので、似絵のように表情に個性がみられる。 伝承作者は平安~鎌倉期にかけての貴族で「似せ絵」の名手といわれた「藤原隆信」とされるが、3幅の筆致が異なるため別の作者か一門で手分けをしたと考えられる。

向かってやや右を向いた肖像画で、黒の束帯姿に太刀を佩き上畳に座して手には笏を持って威儀を正している。 “伝”源頼朝像となっており、描かれた人物については諸説ある。 国宝の指定は「伝源賴朝像」とされ「より」の字に「賴」があてられている。 

国宝 源頼朝像(京博チラシより)

国宝『伝平重盛像』

平清盛の長男「平重盛」と伝わる像で、向かってやや左を向き、他の2像と異なり足が見えない。 この肖像画の人物を、足利尊氏とする説もある。

国宝『伝藤原光能像』

平重盛と同じで、向かってやや左を向き、他の2像よりも後の時代に描かれたと推察される。 江戸時代には「藤原成範」とされており、近年では室町2代将軍の「足利義詮」とする説も出ている。

この国宝を観るには

『伝源賴朝像』と『伝平重盛像』は、京都国立博物館に寄託されており、毎年5/1~5/5の「曝涼(虫干し)」で神護寺に里帰りして一般にも有料で公開される。 『伝藤原光能像』は東京国立博物館に寄託され、同館で公開されることがある。

神護寺曝涼展(寺宝虫払行事)
会場:神護寺書院(楼門横)
期間:5/1~5/5
時間:9:00~16:00
料金:¥800
呈茶:茶室「了々軒」で別料金¥500

文化財指定データ

【台帳・管理ID】201-14
【指定番号】00014-01
【指定名称】絹本著色伝源賴朝像
【ふりがな】けんぽんちゃくしょくみなもとよりともぞう
【員数】1幅

【台帳・管理ID】201-11001
【指定番号】00014-02
【指定名称】絹本著色伝平重盛像
【ふりがな】けんぽんちゃくしょくでんたいらのしげもりぞう
【員数】1幅

【台帳・管理ID】201-11002
【指定番号】00014-03
【指定名称】絹本著色伝藤原光能像
【ふりがな】けんぽんちゃくしょくでんふじわらみつよしぞう
【員数】1幅

【種別】絵画
【時代・年】鎌倉時代
【作者】伝藤原隆信筆
【国宝指定日】1951.06.09

出典:国指定文化財等データベース一部抜

鑑賞ログ

2019年5月

神護寺 曝涼
神護寺だけでなく「曝涼(=虫干し)」に初めて行きましたが、それほど広くない3間の和室に寺宝がまさに隙間なく展示されていました。 一部の筆跡などを除いて掛軸はガラスもなく数センチの距離で観ることができます。 値段は少し高いですが、美術館の数倍の価値がありました。 伝源頼朝像は、書院の一番奥の部屋の床の間に、国宝の赤釈迦を中心に向かって右に掛けられていました。 教科書にも載っていた有名な画ですが、黒い衣装の模様なども観られて間近だと大迫力でした。

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