神護寺-空海と真言密教のはじまり 展
夏の東博は、京都北西部の高雄にある「神護寺」展で、この展覧会は巡回なしですが、この春に奈良博で開催された「空海 KUKAI」展と少し被るでしょうか。 曼荼羅を中心とした奈良博の空海展に対して、空海や文覚時代をテーマにした章や、江戸時代以降に製作された寺宝の模本や調査の記録に関する章があったりと、かなり濃厚な展覧会のようです。
神護寺は、和気清麻呂が同地に建てた高尾山寺と河内に建てた神願寺が平安初期に合併した寺で、唐から帰国した空海がこちらを拠点にしていました。 空海が高雄山寺時代の神護寺で行った潅頂の儀式には最澄も参加しています。
一時期荒廃していた神護寺を再興したのは源平時代の武士出身の文覚上人です。 北面の武士だった文覚上人は、後白河法皇に神護寺の再興を強く訴えたために流罪になりますが、その地で源頼朝に出会い挙兵を勧めたといわれる人物です。 後に頼朝の援助で神護寺を復興しますが、平家の六代君を神護寺にかくまったりもしています。
前半の1・2室では、この2人それぞれの時代が特集されるようで楽しみです。
この展覧会で観られる国宝
今回、神護寺が所有する9件の国宝の内8件が出展され、特に高尾曼荼羅は公開が少なく一番の目玉ではないでしょうか。 神護寺ではGWに寺宝の虫払があるので、高尾曼荼羅以外の絵画と古文書はこの時に観ることができますが、京都市街から遠く山道も大変ですし、まとめて東京で観られる機会はとても貴重です。 神護寺以外にも、東寺や醍醐寺など真言宗の寺院や京都と奈良の国立博物館から7件の国宝が出展されます。
なお今回観られない国宝が『梵鐘(三絶の鐘)』で、寺内の鐘楼に吊られているらしいですがめったに公開されません。 7/17から鐘楼の屋根修理のクラファンが始まりましたので、工事中にどこかで公開されないか期待しています。
大型の展覧会では期間途中での展示替えが一般的で、国宝や人気の展示品は前半にやや多めに配されることが多いのですが、今回は後半に国宝が多めに出るようです。
序章 紅葉の名勝 高雄
第1章 神護寺と高雄曼荼羅「草創期の神護寺」「院政期の神護寺」
第2章 神護寺経と釈迦如来像
第3章 神護寺の隆盛「神護寺に伝わった中世文書と絵図の世界」「密教空間を彩る美術工芸品」
第4章 古典としての神護寺宝物
第5章 神護寺の彫刻
序章 紅葉の名勝 高雄
国宝『観楓図』狩野秀賴筆[東京国立博物館]
神護寺のある高尾は紅葉の名所で、室町時代に描かれたこの屏風は、高尾で紅葉狩りをする人々が描かれています。 酒宴に興じる武士たちや赤子に乳を飲ませながらおしゃべりに興じる庶民たち、神護寺の僧侶と思われる一団も描かれています。 序章にはこの1点しかなく前期だけの公開なので、後期はパネル展示になるのでしょうか。
第1章 神護寺と高雄曼荼羅 第1節-草創期の神護寺-
国宝『弘法大師請来目録(最澄筆)』[東寺]
遣唐使船で唐に渡った空海は、現地で学んだだけでなく経典や仏具を数多く日本にもたらし、そのリストは朝廷に報告されています。 この国宝は、空海が書いたリストを最澄が書写したというもので、1341年まで比叡山にありましたが、同年に東寺に寄進されたことが寄進状からわかっています。 国立博物館で数年に1度は公開されますが、機会はあまり多くありません。
国宝『潅頂歴名(弘法大師筆)』[神護寺]
高尾山寺に入った空海は、弘仁3年(812年)と4年(813年)に、結縁灌頂の儀式を行いました。 これは参加した200名弱の名前と結縁された仏が記録されています。 巻紙を左手に持って書いたのではないかということで、走り書きのようになったり斜めになったりしています。 神護寺の虫払以外では大型の展覧会で時々公開されます。
国宝『密教法具(空海請来)』[東寺]
空海が唐から持ち帰った密教の儀式の時に使う法具です。 当初は他の法具もそろっていたようですが、盗難などで一部が散逸していて現在は「五鈷杵」「五鈷鈴」「金剛盤」の3点が残っています。 こちらも国立博物館等での特別展で時々公開されます。
国宝『風信帖(空海筆)』[東寺]
空海が最澄宛に書いた漢文の書状3通を1幅の掛軸にしたもので、風信帖の通称で呼ばれるのは1通目の書状が風信で始まるからです。 2通目は「忽披帖(こつひじょう)」3通目は「忽恵帖(こつけいじょう)」で、空海の書の中でも屈指の名作として、書道のお手本にもするようです。 これも公開はあまり多くないですが、国立博物館の特別展や東寺の宝物館でも時々公開されます。
国宝『尺牘 久隔帖(伝最澄筆)』[奈良国立博物館]
こちらは最澄の書いた書状で、空海の元に送った自分の弟子に宛てて書かれていて、こちらも久隔清音で始まるので久隔帖と呼ばれています。 なお、その弟子は最澄の元には戻らず空海の十大弟子になった泰範という僧で、空海と最澄の仲が決定的に悪くなったのは泰範のことが原因の1つだそうです。
国宝『金剛般若経開題残巻(空海筆)』[奈良国立博物館]
空海自身の筆による金剛般若経という経典についての解説書で、所々に書き直しなどが見られるので、草稿ではないかといわれています。 奈良国立博物館が所蔵するのは38行分で、断簡の他部分がいくつかあり、京都国立博物館所蔵の63行分も別に国宝に指定されています。 こちらも公開が少なめです。
国宝『狸毛筆奉献表(伝空海筆)』[醍醐寺]
こちらは“伝”空海筆になっていて、空海が嵯峨天皇に筆を献上した時の目録です。 空海は唐で筆の作り方までマスターしてきたようで、狸の毛で楷書用・行書用・草書用・写経用の4本の筆を贈っています。 嵯峨天皇も空海も「三筆」ですから、狸毛の筆を使うと字が上手くなるのでしょうか。 醍醐寺の霊宝館や展覧会で時々公開されますが、機会は少なめです。
国宝『絵両界曼荼羅図(高雄曼荼羅)』[神護寺]
今回、一番レアな国宝がこの曼荼羅で、次はいつ公開されるか分かりませんので、万障繰り合わせて観に行くことをお勧めします。 空海が制作に携わった曼荼羅で現存するのはこの高尾曼荼羅だけで、紫の絹地に金銀で描いてあって、なんてオシャレなんでしょうか。 現在は布地も金銀泥も色あせていますが、制作当初の再現を観てみたいものです。 前期には「胎蔵界」が、後期には「金剛界」の1幅ずつが公開されます。
第1章 神護寺と高雄曼荼羅 第2節-院政期の神護寺-
国宝『文覚四十五箇条起請文(藤原忠親筆)』[神護寺]
平安時代の後期に荒廃した神護寺を再興したのが文覚上人で、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では猿之助が演じていました。 こちらは、神護寺の僧たちが守るべき規則を文覚が定めたもので、公家の中山家の家祖になる藤原忠親が書いています。 巻末の5行は後白河法皇の自筆で、更に巻首と巻末には法王の手印が捺されています。 神護寺の虫干で公開されますが、それ以外の公開はとても少ないです。
国宝『神護寺三像(源賴朝・平重盛・藤原光能)』[神護寺]
現在は分かりませんが、昭和の頃の歴史(社会)の教科書にはこの肖像画が載っていたものです。 源賴朝・平重盛・藤原光能の3人を1幅ずつ大型の掛軸に描いた肖像画で、藤原光能は東博に、他の2人は京博に寄託されていて、神護寺の虫干しでも京博の2幅しか出ないので、3幅揃っての公開は珍しいです。 近くで観ると、黒い衣の模様が3人とも違うのが確認できますよ。
第2章 神護寺経と釈迦如来像
国宝『釈迦如来像(赤釈迦)』[神護寺]
平安時代末の院政期に描かれた釈迦如来の仏画で、赤い衣を着ていて輪郭線も赤なので「赤釈迦」と通称されています。 こちらも大型の掛軸で、神護寺の虫干では源賴朝と平重盛像を脇侍のように左右に配して展示されます。 とにかく豪華な装飾で飾られていて、衣の截金模様などは大変に見事です。 虫干以外の公開は少なめです。
第3章 神護寺の隆盛
国宝『山水屏風』[神護寺]
密教の潅頂の儀式に使う屏風で、平安末~鎌倉時代頃に“やまと絵”で描かれています。 京博が所蔵する国宝の山水屏風は唐風に描かれていますが、こちらは日本の風俗をしています。 赤釈迦や神護寺三像がとても大きいのに、この屏風はそれほど大きくありません。
第5章 神護寺の彫刻
国宝『薬師如来立像』[神護寺]
展覧会の最後を飾るのが神護寺の仏像群で、国宝は2件6躯が公開されます。 今回のメインビジュアルで大活躍の薬師如来は神護寺の御本尊で、現地では比較的近くで拝観することができます。 平安時代初期らしい重厚感のあるお姿で、実際に観ると優しく柔らかい雰囲気を感じました。 現地では目線より高い位置の厨子の中なので、違う目線やライティングで観られるのが楽しみです。
国宝『五大虚空蔵菩薩坐像』[神護寺]
神護寺の多宝塔に安置されている五大虚空蔵菩薩で、5躯揃って寺外で公開されるのは初だということです。 東寺観智院の五大虚空蔵菩薩は孔雀や象など様々な鳥獣座に乗っていますが、こちらは5躯の体の色がレンジャー的に5色に塗られています。 結構色が残っているなと思ったら、9世紀ごろに塗りなおしたので当初の彩色ではないようです。 5月と10月の3日間だけご開帳されるんですが、5月は虫干と別日なので、現地で観るのが難しい仏像です。
展覧会 概要
日程:2024/7/17~9/8
休館:月曜日(8/12は開館し、8/13が休館)
時間:9:30~17:00(入館は30分前まで)
夜間:金・土(8/30・31は除く)は19:00まで延長
料金:一般¥2,100、大学生¥1,200、高校生¥900、中学生以下無料
鑑賞ログ
まずは前期に行ってきました。 どちらかというと渋めのテーマなので、夏休みですが年齢層が高めで落ち着いています。 春の奈良博の空海展よりも高尾曼荼羅がクローズアップされていて、色んな部分をアップにしたり、黒ずんだ銀泥をデジタル再現したりと複数の映像が面白かったです。 江戸時代に作られたほぼ同サイズの模本を観られたのも、制作当時の姿を想像する参考になりました。 後半は経典や古文書類が多めで、流し見ライト層とかぶりつきガチ勢に分かれますね。 第2会場の後半がみんなお待ちかねの仏像コーナーです。 五大虚空蔵菩薩が立体曼荼羅的に展示されていて良いですね。 平安末の二天王像は写真撮影可能になっていて人だかりがすごいので、撮影の邪魔になるのが申し訳なくて近くに寄れなかったのが残念。 やや時代の下がる脇侍の日光月光も引き連れたご本尊の薬師如来は、目線が近いせいでしょうか、現地で観た時よりも大きく感じました。 東博の仏像展示のライティングは本当にセンスがいいですね。 展示替え後の後期も楽しみにしています。