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情報|京都国立博物館「最澄と天台宗のすべて」2022/4/12~5/22[京都]

情報-博物館・美術館

京都国立博物館「最澄と天台宗のすべて」

遣唐使船で入唐し日本で天台宗を開いた伝教大師「最澄」は、弘仁13年(822年)に亡くなりましたので1200年の大遠忌にあたります。 昨年10~11月に東京会場でスタートし、今年の2~3月には九州会場と続いた「最澄と天台宗のすべて」展が、いよいよラストの京都会場で始まります。 

展示の構成は3会場とも同じですが、展示内容が各会場で異なり、東京では天台高僧像10幅が同時公開されたり、九州会場では西日本に広がった天台美術や遣唐使に関する展示が多かったりと、それぞれに特色のある面白いものでした。 京都では、七条袈裟と刺納衣といった公開の少ない布製品が展示されたり、京都国立博物館に寄託されている文書類が公開されるのが楽しみです。

この展覧会で観られる国宝

通期

聖徳太子・天台高僧像[一乗寺/兵庫]

天台宗で重視される、インド~日本の高僧+聖徳太子を描いた肖像画で、平安時代に描かれているので、おっとりと穏やかな高僧像です。 前期には「最澄」と「円仁」が、後期には「龍樹」と「善無畏」が公開されます。 色白で長身のイケメンだったと伝わる最澄像は、ものすごく高貴な姿ですので、お見逃しなく。

紺紙金字一切経(中尊寺経)[中尊寺/岩手]

中尊寺に代表される奥州の仏教文化を築いた奥州藤原氏3代は、豪華な経典や仏具も数多く奉納しています。 前期に公開される「維摩詰経」は清衡経で、紺色に染めた紙に金字と銀字を1行ずつ交互に書写しています。 後期に公開される「大般若波羅蜜多経」は秀衡経で、紺紙に金泥で書かれています。

六道絵[聖衆来迎寺/滋賀]

生命あるものが、その行いによって生まれ変わる6つの世界「六道」を描いた絵画です。 元は比叡山の霊山院に伝わりましたが、比叡山焼き討ちの時に、琵琶湖側の麓にある比叡山坂本の聖衆来迎寺に移されたのだそうです。 全15幅の中から、今回は前期に「畜生道」「衆合地獄」、後期に「阿修羅道」「阿鼻地獄」が公開されます。

入唐求法巡礼行記 兼胤筆

最澄の弟子で、後に天台座主3世になる「慈覚大師円仁」が、最後の遣唐使として入唐した時の記録や日記です。 仏教に関することだけでなく、その当時の唐の様子や遣唐使についても書かれ歴史資料としても名高く、この国宝は鎌倉時代に書写された現存最古の写本です。

中尊寺金色堂堂内具[中尊寺金色院/岩手]

中尊寺の金色堂を荘厳した仏具類が「堂内具」として一括で国宝に指定されていて、一部は中尊寺の宝物館「讃衡蔵」で観ることができます。 この展覧会には「華鬘(けまん)」という、柱や壁に懸けて装飾する団扇型の板が公開されます。 宝相華という空想上の植物が透かし模様にされ、極楽に住む鳥「迦陵頻伽」が可愛らしいです。

中尊寺金色堂堂内具「華鬘」のレプリカ

金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅図[中尊寺大長寿院]

長い名前ですが、「金光明最勝王経」を「金字」で「宝塔」の形に書いた「曼荼羅図」です。 金色の小さい字で十重の塔を形作っていて、遠目で観ると塔を描いた絵画にしか見えませんが、近づくと小さな文字で埋め尽くされていて、絵画として国宝に指定されています。

宝相華蒔絵経箱[延暦寺/滋賀]

延暦寺には、中国・随時代の高僧で天台宗の第3祖とされる「天台大師智顗(ちぎ)」が書いたという伝説の法華経があり、それを納めるために平安時代後期頃に作られた蒔絵の経箱です。 宝相華と唐草で描いた大きな円模様を各面に1~2つ配置していて、上部の角をとるなど7~8世紀頃の様式を取り入れた古風なものです。

金銅経箱(横川出土)[延暦寺/滋賀]

比叡山延暦寺の横川(よかわ)から出土した経箱で、金銀メッキで宝相華模様の装飾をした金属製の経箱です。 円仁が書写して塔に納めていた法華経を、平安時代の僧がこの経箱に入れて埋納したもので、藤原道長の娘で一条天皇の中宮になった彰子も結縁して写経を納めています。

法華経(浅草寺経)[浅草寺/東京]

東京を代表する観光名所の浅草寺は、関東を代表する天台宗の寺院です。 金箔を散らし金泥で花鳥が描かれた料紙に、小野道風が書写したという伝承のある装飾経です。 螺鈿細工で蝶や鳥が施された軸や、経巻を巻く紐なども、当時のものが残っています。

法華一品経(慈光寺経)[慈光寺/埼玉]

平安末期~鎌倉時代には、亡くなった人の菩提を弔うために縁者が1巻ずつ写経をすることが流行しました。 埼玉の慈光寺に伝わった法華経は、九条良経の死を悲しんで後鳥羽上皇の周囲の人々が書写したもので、平安末らしい華やかな装飾経です。

線刻釈迦三尊等鏡像[泉屋博古館/京都]

鏡の縁が8枚の先のとがった花弁のような「八稜鏡」で、鏡面には釈迦三尊ほか諸尊像が線刻で彫られています。 背面は鳳凰や唐草模様が浮き彫りにされて優美な印象で、鏡面の諸尊はとても穏やかで可愛らしい姿をしています。 京都会場だけの出展ですが、所蔵する泉屋博古館では比較的よくお目にかかれます。

前期(4/12~5/1)

伝教大師将来目録[延暦寺/滋賀]

最澄や空海ら遣唐使などで唐に渡った僧たちは、自身が仏教を学んだり会得するだけでなく、貴重な経典や仏具などを日本にもたらしました。 これは最澄が日本に持ち帰ったもののリストで、最澄自身が記録した貴重なものです。

七条刺納袈裟[延暦寺/滋賀]

最澄が入唐した時に師「行満」から譲られた袈裟で、行満の師で天台宗の第六祖とされる「湛然(荊渓とも)」が所用したものだと伝わります。 刺し子のような刺納(しのう)という技法で作られた七条袈裟です。 3会場で開かれた展覧会で、この袈裟や後期に公開される刺納衣は京都会場だけの公開で、特に公開される機会や期間が短いです。

五部心観(完本)[園城寺(三井寺)/滋賀]

五部心観は、様々な仏の姿や持ち物などを、彩色せずに線だけで表す「白描」で描いたもので、智証大師円珍が唐から持ち帰った1巻と、それを日本で書写した1巻がそれぞれ国宝に指定されています。 今回は唐時代となっているので、完本が公開されるようです。

後期(5/3~5/22)

伝教大師入唐牒[延暦寺/滋賀]

入唐牒は役所が発行するパスポートや通行手形のようなもので、最澄が唐に渡った時の2通が残っています。 往路用は明州(中国浙江省寧波)で発行、復路用は台州(中国浙江省台州市)で発行されています。

智証大師関係文書典籍[園城寺(三井寺)/滋賀]

第5代天台座主で、園城寺(三井寺)を総本山とする天台宗寺門派を開いた「智証大師円珍」に関する文書です。 3会場でそれぞれ異なる文書が公開されており、京都会場では後期に「徳円印信之類」「円珍俗姓系図」の2点が公開されます。

六祖慧能伝[延暦寺/滋賀]

六祖慧能とは、禅宗で6番目の祖である恵能のことで、最澄が遣唐使船で入唐した際に、恵能に関する伝記をもたらしたもので、前期に公開される国宝『伝教大師将来目録』にも記録が残されています。 紙の継ぎ目には最澄自身が記した「澄封」の文字がみられます。 京都会場のみで公開されます。

弘法大師請来目録 最澄筆[東寺/京都]

最澄と同時期の遣唐使船で唐に渡った弘法大師空海が、日本に持ち帰った経典や仏具のリストです。 空海によって書かれた原本は朝廷に提出され、これは最澄が書写したもので、紙の継ぎ目には延暦寺の前名「比叡寺」の印が押されています。 延暦寺に伝わっていましたが、暦応4年(1341年)に東寺に譲られました。

刺納衣[延暦寺/滋賀]

最澄が入唐した時に、師の行満から七条袈裟と共に譲られた僧衣で、天台宗の実質的な開祖「智顗(天台大師)」の所用だと伝わります。 前後の身頃と袖の一部しか残っていませんが、布地を継ぎ合わせ刺し子が施されています。 布製品は劣化の恐れがあるので公開が少なく、こちらもぜひ観ておきたい1点です。

智証大師諡号勅書 小野道風筆[東京国立博物館]

延暦寺の第5代座主で三井寺の再興にも尽くした円珍の没後に、醍醐天皇から僧侶の位「法印大和尚位」と、諡号「智証大師」を贈られた時の勅書です。 能筆家で三跡の1人「小野道風」が34歳の時に書いた重厚な筆跡で、天皇の印である「天皇御璽」が多数押されています。

智証大師諡号勅書 小野道風筆[東京国立博物館]

慈恵大師自筆遺告[蘆山寺/京都]

延暦寺の中興の祖で、愛嬌のある鬼の姿に現され、おみくじを始めたことでも有名な、慈恵大師良源(元三大師、角大師とも)の遺言状です。 良源は体調を崩してこれを書きますが無事に回復し、後に大僧正にまで出世しています。

釈迦金棺出現図[京都国立博物館]

釈迦が入滅(亡くなる時)の様子を絵画化した、涅槃図の一種です。 天上から釈迦の涅槃に駆け付けた母の摩耶夫人が、入滅に間に合わなかったことを嘆いていると、釈迦が神通力で起き上がって説法をしたという姿が描かれています。

展覧会 概要

日程:2022/4/12~5/22
休館:月曜日
時間:9:00~17:30(入館は30分前まで)
料金:一般¥1,800、大学生¥1,200、高校生¥700

京都国立博物館 公式サイト
最澄と天台宗のすべて 公式サイト

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